
NO.377 ダイヤモンド採掘中に発見された500年前の難破船のお宝が、ナミビアの博物館で一般公開
海底からダイヤモンドを採掘するのが行われています。鉱山を掘るよりもエコという考え方もあるようですが、その海底の採掘現場で500年前の沈没船が見つかりました。
ダイヤモンド産出国はロシア、オーストラリア、カナダ、南アフリカといった国々が有名ですが、南大西洋を臨むナミビアでも採掘が行われています。1897年、南アフリカのオレンジ川の河口で大粒のダイヤモンドが発見され、南アフリカでダイヤモンドラッシュが起こりました。オレンジ川は南アフリカとナミビアの国境に接することから、ナミビアにも一獲千金を狙って人々が押し寄せるようになりました。
その後、オレンジ川によって海へと運ばれたダイヤモンドは、海流によりナミビアの海底に多く堆積していることが判明。ナミビアの海岸や海底で、採掘が開始されます。
ポルトガルの難破船の中は宝の山
2008年のある日デビアス社の採掘作業員たちが、ナミビアの海岸近くの直径200メートルの範囲で海水を排水していたところ、砂層の下にダイヤモンドではなく、巨大な木の遺物を発見しました。それは、500年前のポルトガルの難破船、ボン・ジェズス号の残骸でした。
ボン・ジェズス号は1533年3月7日、ポルトガルのリスボンを出航しインドを目指していました。しかし、嵐に見舞われナミビア南岸に座礁し、目的地には辿り着くことができませんでした。
ボン・ジェズス号の運命は数世紀にわたり謎に包まれていましたが、徐々に明らかになっていきます。船の残骸の中からは、1,300万ドル相当の金貨約2,000枚、数百キログラムの銅塊、剣、マスケット銃、青銅製の鉢、大砲、航海計器、象牙などが発見されました。
銅塊は、中央ヨーロッパからインドに向けて船積みされたもので重さ約17トン。インドでは銅は貴重な貿易品で、それぞれの塊には、ドイツの銀行家フッガー家と関係のある三叉槍のマークの刻印があり、当時の貿易関係を物語っています。これらはルネサンス期の世界貿易において、銅がいかに重要な役割を果たしていたかを証明するものでした。
遺物は15世紀~16世紀のものを中心に、ポルトガルの貨幣、カスティーリャを統治したイサベル1世とアラゴンを統治したフェルナンド2世の肖像が描かれたスペインのエクセレンス硬貨、ヴェネツィア、フランス、そしてイスラム諸国の貨幣も発見され、当時のポルトガルやスペインの繁栄の様子がうかがえます。100本の象牙は、西アフリカゾウの個体群に関する情報源となっているそうです。
保存状態はかなり良く、南アフリカ海洋考古学研究所の主任考古学者によると、「船内に銅塊が積まれていたことが幸いし、海洋生物は銅を嫌って船に近づかなかったため、500年もの間保存状態が保たれた」。
ボン・ジェズス号の遺物はポルトガルが領有権を放棄し、ナミビア政府に譲渡。2024年8月よりナミビアのジャスパー・ハウス博物館で一般公開されています。来館者はこれらの遺物を鑑賞し、歴史の一幕を垣間見ることができます。
ナミビアでは海底にまだ多くのダイヤモンドが堆積していると推定されていて、今後さらに海底ダイヤモンドの採掘が進んでいくようです。そこにはまだ別の沈没船のお宝が埋まっているかもしれません。ナミビアには日本からなかなか行くことはできませんが、沈没船の話はロマンがあって想像を掻き立てられます。
ジャスパー・ハウス博物館 https://www.museums.com.na/museums/south/jasper-house-museum
画像出展 : africanexplorermagazine.wordpress.com

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