ダイヤモンド・ヒストリー Vol.3
ダイヤモンドが普及した舞台裏
「ダイヤモンドは永遠の輝き」「婚約指輪は給料の3カ月分」というキャッチフレーズをどこかで見たり聞いたりしたことはないでしょうか。1970年代の初頭、日本が好景気に向かってまっしぐらの頃、頻繁に流れた宣伝です。当時、世界に流通しているダイヤモンド原石の9割を独占していたデビアス社の一大キャンペーンでした。宣伝は成果を上げ、ダイヤモンド婚約指輪ばかりでなくダイヤモンドのジュエリーが日本の一般の女性たちに広まるきっかけとなりました。デビアス主催によるダイヤモンド・デザイン・コンテストも毎年行われ、日本の宝飾企業、デザイナーは発想と技術を競い合い、日本人の感性によって初めて本格的にダイヤモンドジュエリーが生み出されます。
「A Diamond is Forever(ダイヤモンドは永遠の輝き)」は1940年代後半にアメリカの広告代理店が打ち出したスローガンで、広告業界で最も成功した例と言われます。1971年には、マーケティング戦略の一環とされる『007 Diamonds Are Forever(邦題/『ダイヤモンドは永遠に』)が公開されます。イアン・フレミングの同名の原作はもう少し前の1956年に出版されていますが、当時まだほとんど知られていなかったダイヤモンドの特徴、流通などについて詳細に取材しており、ダイヤモンドに興味がある人は映画よりも小説の方が面白いと思います。
その頃、エンターテイメントのテーマとしてダイヤモンドが取り上げられるようになったのは、20世紀初頭から立て続けに世界を巻き込んだ二つの大戦が終わり、人々の暮らしに少しずつゆとりが戻ってきた現れです。とりわけ本土が被害を受けなかった戦勝国アメリカは1950年代、経済、文化共に繁栄期に入り、「アメリカン・ドリーム」を手にする人も増えました。
日本の女性とダイヤモンド
1960年代半ば、デビアスが日本に上陸します。それ以前、日本の女性たちが愛用していたジュエリーは、主に真珠や翡翠、珊瑚でした。真珠は1893(明治26)年に世界初の養殖真珠が日本で成功し、翡翠は昔から不老不死の宝石と信じられ、また珊瑚は出産のお守りとして、結婚祝いなどの贈り物として喜ばれていました。正装時は和服にする人も多く、宝石は帯留めやかんざしに付いているものが好まれ、洋装の時にようやく真珠の指輪をはめ、おしゃれに意欲的な人がブローチを飾る程度でした。ところが、前述の1970年代のデビアスの宣伝によって、一気に日本の女性たちはダイヤモンドに魅了されます。控えめでしっとりした光沢が特徴の真珠とは異なる、強い輝きを持つダイヤモンドは、自立心に目覚め社会に参加し始めたばかりの日本の女性たちの目に新鮮に映りました。
活気に満ちた日本経済を背景に、高価なものを身につけることで女性たちは自信にあふれ、ますます活動的になっていきます。ダイヤモンドの自己需要が増え、自分のお小遣いや給料でメレダイヤをちりばめたリングや小さな1石のダイヤモンドが付いたプチペンダントを買い求めました。また男女共に現在よりも若く結婚し、女性の平均初婚年齢は24歳くらいだったので、学生中に婚約しダイヤモンドの指輪を友人たちに見せて優越感に浸ったていた女子大生も多かったのです。左手の薬指に輝くダイヤモンドは、愛されている喜び、良き伴侶を得た安堵感、安心して新たな人生を歩んでいける保証といった前向きな要因を含み、女性に夢と勇気を与えました。
結婚指輪は絶対にダイヤモンドでなくてはいけないという決まりはないので、サファイアを選んだダイアナ妃のようにヨーロッパでは自分の好きな宝石を選択する女性も少なくありません。日本よりももっと自由にとらえられています。夫となる男性の祖母や母の指輪、男性の家に代々伝わるアンティークのリングが婚約指輪になることも珍しくありません。とはいえ、やはりダイヤモンドが婚約指輪の主流です。ダイヤモンドは換金性があるので、政情不安の国や陸続きで隣国と繋がっている地域では、逃げる時に持ち運びしやすいという理由でダイヤモンドを選ぶカップルも多いのです
左/『007 ダイヤモンドは永遠に』主演のショーン・コネリー。(1971) 右/時事を基本に書いたイアン・フレミングの荒唐無稽の『007』シリーズは今でも人気。
左/仲睦まじかった頃のチャールズ皇太子とダイアナ妃。(1986) 右/パリで開催されたダイヤモンド・インターナショナル・アワードのセレモニー。手前の男性はブラジル出身のデザイナーAndree Guittcis(1994)
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