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ジュエリーと、ジュエリーにまつわるさまざまなエピソード

NO.297 『金色夜叉』に登場する人たちは、現代人以上にジュエリー好き?

大型連休、ちょっと空いた時間、ゆっくり読書というのもいいかも。古今東西、宝石をテーマにした小説や映画は数多くあります。「ダイヤモンド」がカギとなる尾崎紅葉の『金色夜叉』、いかがでしょう。

『金色夜叉』は1897(明治30)年に新聞小説として発表されると瞬く間に評判となり、1898年、連載中にもかかわらず初の舞台化。大正時代には小説を題材とした歌が流行り、昭和には映画化、ドラマ化され、令和の今も新解釈され舞台化されている作品です。

あらすじをざっとご紹介すると……身寄りがなく鴫沢家に身を寄せる学生、間 貫一は、鴫沢の娘で婚約者の宮が資産家の息子、富山 唯継に心変わりをしたのが許せず、金の亡者(高利貸し)となって社会に復讐するが心は充たされない…という話。

問題のダイヤモンドは、物語の導入部、寛一と宮が出席した新春カルタ会に、富山が大粒のダイヤモンドの指輪をつけてくるところから登場します。カルタ会の参加者全員が、そのダイヤモンドにくぎ付け。参加者の1人が「300円だって」と話しています。

当時の300円を今の価値に換算するといくらになるのでしょうか。明治時代、小学校の教員の初任給が1か月で8~9円だったと言われています。明治時代の1円は現在の2万円ほどの価値があったので、そこから換算すると、300円x20,000=6,000,000円、現在ならそのダイヤモンドは6,000,000円に相当します。その価格からダイヤモンドのサイズは、1.5~2カラットだと推察できます。

男性がそんな大粒のダイヤモンドの指輪をして出歩くなんて現代では考えられないですが、明治時代は男性も大きな宝石をセッティングした指輪をつけていたようです。富山は他にも金縁の眼鏡、金鎖の時計、獅子の頭が彫刻された緑色の宝石のついたステッキを持っていました。その裕福な様子は宮でなくても、心が動いてしまいそう。

『金色夜叉』には、ほかにもジュエリーが登場します。たとえば、カルタ会に同席し富山のダイヤモンドをうらやましそうに眺める娘の指には、小粒の真珠の指輪がはめられています。当時、養殖真珠はなく天然もの。富山のダイヤモンドにはかないませんが、貴重なものです。

中盤では、高利貸しとなった寛一に言い寄るやはり高利貸しの未亡人、赤樫 満枝の腕輪(バングルのようです)。日本髪の後れ毛を手で掻き揚げるときにその腕輪がきらり。着物の袖からちらっと見えるバングルなんて、現代でも粋な感じがしますね。

富山の妻となった宮が、着物に真珠の襟留めをしているという記述もあります。ちなみに襟留めとは、西洋のブローチからヒントを得て作られた半襟につける装飾品です。

幕末期、欧米から貴金属でできた装身具が押し寄せました。明治時代も後期には、西洋の文化を吸収した日本に、豊かなジュエリー文化が形成されつつあったことがこの小説からもわかります。

小説は、現代の口語体ではなく文語体で書かれているため最初は読みづらく挫折しそうになりますが、話が進むとどんどん物語に引き込まれてしまいます。登場人物が身につけているジュエリーをイメージしながら、明治時代にタイムスリップしてみるのも楽しいかもしれません。

トップ画像出典:www.amazon.co.jp/金色夜叉-新潮文庫-尾崎-紅葉

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ダイヤモンドネックレス


イエローゴールドをベースにした華やかなデザイン。センターストーンは0.5ctアップ、周囲にダイヤをセットしました。0.5ctというサイズは1ctの半分ですが、身につけると想像以上に大きな印象です。(鑑定書付)
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