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待望のJARの個展開催——ニューヨークで

Text=山口 遼 Yamaguchi Ryo

宝飾史研究家。株式会社ミキモト入社、常務取締役、ジェム・インターナショナル社社長を経て、現在株式会社リオ・インターナショナル代表。『ジュエリイの話』『すぐわかるヨーロッパの宝飾芸術』『ブランド・ジュエリー30の物語─天才作家たちの軌跡と名品─ 』『 TOP JEWELLERS of JAPAN─日本のトップジュエラー』など著書多数。


もう何年前になるか、ロンドンのサマセットハウスで開催されたJARの最初の個展は衝撃的であった。日本からも随分多くの業界人が見に行ったはずだ。衝撃的というのが、ほぼ全員が口を揃えて述べた印象で、それ以前から個人的に付き合いはあったものの、数百点にのぼる作品の展示には、ジュエリーに見飽きたと思っていた私もショックを受けた。

JARとは、ジョエル・アーサー・ローゼンタールの頭文字を取ったもので、パリのヴァンドーム広場の一角に店を持ち、一切の取材を受けず、広告も広報もなし、顔写真すら公開されていない。分かる人だけに買って貰えればそれで良いとする、狷介孤高のデザイナーだ。その作るものは、素材、デザイン、技術のすべての面で超一流、世界中で多くのコピーを生んでいる。特に製造技術の面では、今ではもう消えかかった昔の技術者を見出し、一応はジュエリーを分かっているつもりの我々でも、どうやって作られているのかが分からない作品が多い。

彼が使う技術のなかで、他の追従を許さないものにパヴェ・セッティングがある。写真の五個のパンジーのブローチが典型だが、埋め込まれた宝石同士の間隔が異様に狭く、密集していることと、地金が多くの場合、銀を使用しており、しかもその銀がどのような技術を使っているのか、漆黒なのだ。単に黒いのではなく、艶のある黒さなのだ。しかも彼の場合、使う宝石の種類にまったく拘りをもたない。パンジーの黄色を表現するのに、トパーズ、ガーネット、シトリン、サファイアを、緑の部分には、エメラルド、ガーネット、トルマリンなどを、すべてをこみ混ぜて使う。ジュエリーの価値とは石の価値ではなく、出来上がったデザインと作りの価値であるというのが彼の主張だ。

昔、パリの日本食のレストランで天ぷら定食をつつきながら聞いたことがある。これだけの異常なまでに高価なジュエリーをどうやって売るのだ、と。彼、答えて曰く。作品ができあがると、もっとも相応しいと思う客に店に来てもらう、そして黙って目をつぶってもらい、手のひらにジュエリーを乗せる。そこで目を開いてもらい、買うか買わないかを決めてもらうだけだと。いやはや、呆れた商法もあるものだが、それだけの顧客を持っているというも凄い。事実、前回の展示会でもそうだったが、展示されている作品、今回は400点にのぼるらしいが、そのほとんどは売れてしまったもので、すべて展示のために客から借り出したものなのだ。まあ、凄い世界もあるものですよ。

デザインとはなんであるかを知る絶好のチャンス

現代の世界のジュエリー界は、デザインと作りの面で煮詰まっている。本当に新しいものが出てこないのだ。多くの有名ブランドのジュエリーを見ても、その多くは過去の作品の作り直しか、お互いのデザインのパクリ合いに過ぎない。JARの作品も創業以来、パクられまくっており、密集した色石のパヴェを多用したジュエリーで、もっともらしいデザイナー名をつけた作品を、あちらこちらで見るだろう。そうした作品の根本はこのJARのものなのだ。

今回の展示会は比較的長く、11月20日から来年の3月9日まで、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催される。91番と呼ばれる企画展が多く行われる部屋で、正面入り口から入って左手の奥にある部屋のようだ。図録は前回の展示会の図録が数キロもある巨大なものであったが、今回は20センチ角くらいの小さなもので、すでに刊行されている。少なくともジュエリーデザイナーを名乗るならば、日々の食事を削ってでも見に行くべき展示会で、本物のデザインとは、作りとは何か、が衝撃的に身にしみて分かるだろう。分からない人は、デザイナーを目指すのは止めて、他の職業につかれたほうがいい。デザイナーでなくとも、ジュエリーに関心のある方ならば、これを見れば世の中でデザイナー作品と称して売られているジュエリーが、いかに作品と呼べるものからほど遠いかがしみじみと分かると思う。強く推薦する展示会である。

※“JEWELS BY JAR”は、メトロポリタン美術館にて、2013年11月20日〜2014年3月9日開催しました。


左/パンジーを描いたブローチと指輪。使われているのは、ダイヤモンドの他には、ガーネット、スピネル、サファイア、トパーズ、トルマリン、シトリン、クリソベリルなど。どれがどの石などと野暮なことは聞かないでほしい。地金は、プラチナ、金のほかに銀を多用している。右/ムガールの指輪と題する指輪。使われているのは、天然真珠とルビーのみ。インドのムガール王朝で使われたデザインを応用したもの。地金は銀と金のみ。


Brand Jewelry より抜粋

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