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ブランドジュエリーオリジナルの特集記事です。

世界の多様な装身具を展示する「装身具工芸ギャラリー」。ジュエリーと宝石学の教育機関・日本宝飾クラフト学院 東京本校2FにOPEN。

Written by WATANABE Ikuko

30年以上にわたり集めた数千点に及ぶ日本と諸外国の装身具の中から厳選して展示。ジュエリーやファッションに関わる人、日本やアジアの歴史を研究する人、ものづくりに興味がある人は必見


初めて見るデザイン、作りの装身具に出会える

雑誌Brand Jewelryでは数回にわたり日本宝飾クラフト学院所蔵の日本の装身具を同学院の理事長 露木宏氏の解説とともに取り上げてきた。日本はジュエリーを身につける歴史が、諸外国と比較すると浅いと言われている。しかし記事の編集を通じて、それは西洋のネックレス、イヤリング、リングなどを取り上げて語っているのであり、日本固有の装身具である帯留や、結い髪に不可欠の櫛(くし)、簪(かんざし)といった髪飾りを「ジュエリー」として捉えると、江戸から昭和初期にかけて、当時の女性たちが様々なデザインのものを、現代の女性たちがアクセサリーを付け替えるように楽しんでいたことを知った。

ジュエリーの研究は西洋にリードされている。古代から現代まで、欧米の研究家によって多くの書物が出版され、またヨーロッパやアメリカでは専用の博物館やギャラリーも多くあり、容易に過去のジュエリーを目にすることができる。日本でも西洋のアンティークジュエリーや日本の装身具を展示する所はあるが、量では欧米には及ばない。しかしこの度オープンした「装身具工芸ギャラリー」は欧米とも肩を並べるほどの種類と数を所蔵していると思われる。国内においては世界の広範囲の装身具を紹介するギャラリーとして最初であることは確かだ。

装身具工芸ギャラリーの展示風景

「装身具工芸ギャラリー」は日本宝飾クラフト学院の校内に設置され、面積は決して広いとは言えないが、所蔵品のバラエティがとにかく豊富だ。展示は大きく2つのスペースに分かれている。1つは江戸時代から近代、現在までの和装及び洋装の装身具、もう1つはアジア、アフリカ、オセアニアなど諸地域の民族装身具が並んでいる。日本の展示品は露木氏の著書『日本の宝飾文化史』(東京美術)に掲載された作品と関連資料182点、他の地域の展示品では、主に著書『神々に宿る銀 世界の装身具図鑑 地域別編』(繊研新聞社)に掲載されたもので、アジアと南北アメリカの銀の装身具が117点。さらに昭和30〜50年代の加工工具と鑑別機材 約75点という、宝飾の作りを教える学校ならではの展示である。

中国南部、ミャオ族の装飾的衣服と銀の装身具

ギャラリーを一周して気づいたのは、日本はアジアに位置しながらも、装身具ではその他のアジア諸国とは一線を画するものであることだ。その違いとは「繊細さ」に尽きる。インドやタイなどの民族装身具も複雑な手仕事で作られているが、日本の職人の緻密さは群を抜いている。日本の作品は接近して目を凝らして見ることでその素晴らしさがわかるが、その他のアジアの銀製の装身具は遠目からその巧妙なデザインや威圧的な大きさに圧倒される。今風に言えば「ソーシャル・ディスタンス」が取れるジュエリーである。人と人との距離感がそもそも日本と他のアジア諸国では違い、それがデザインや作りに影響しているのかもしれない。展示品は手で触れることができないので重量は実感できなかったが、露木氏の説明によると、総重量40kgもの装身具を身に付ける民族もいると言う。装着したら身動きが取れないのではないかと心配になるが、かつてアジアでは装身具を身につけるのは支配階級など富裕層の特権であり、働く(動く)必要のない人たちのシンボルだった。銀で作られているのは、今以上に銀が高価であったためだ。日本ではシルバーを安価なものと捉える節があるが、世界ではシルバーは立派なジュエリーである。加工しやすいシルバーはゴールドやプラチナとはまた違うデザインが可能だ。ジュエリーデザイナー、製作する人は、ヒントが見つかると思うので、「装身具工芸ギャラリー」に訪れていただきたいと思う。

お問い合わせ:日本宝飾クラフト学院 東京本校 2F(受付は1F)
東京都台東区台東3-13-10
予約制 ホームページの予約フォーム、または電話で申し込みできます。 https://www.jj-craft.com/form-gallery/
TEL 0120-3388-26
開館日・時間:毎週 金曜日 1:00〜5:00PM
*祝祭日、学院の夏・冬休み・学校行事のある日は休館。
*グループ来場の場合は、要相談。

インドの足の指輪
ヨーロッパに輸出された装身具など

明治時代中期に流行した多様な簪(かんざし)

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